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1792年創業。木屋は包丁を中心に様々な生活の道具を提供しています。

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加藤俊男

寛政四年創業以来八代目当主。
昭和25年3月 早稲田大学工学部応用金属科(現材料工学科)卒。
昭和25年4月 株式会社木屋入社。
平成4年11月 社長就任。
平成21年8月 会長就任。

金属、刃物メーカーへの講演、指導を行ったり刃物の博士的存在。
金属をはじめ、鉄鋼、新素材関係の諸雑誌等に執筆。

欧米の刃物と日本の刃物の根本的な違い


今まで理論的な、いわば肩のこるような話が続いたので、今回は理屈抜きで欧米、と言うより日本以外の世界の刃物と日本の刃物との違いについてお話ししましょう。
日本製の刃物を持ってヨーロッパに行き、向こうの刃物メーカーの職人に見せると、刃物の評価についての考えが全く違うことがわかります。
彼我の違いが最も大きいと言うより、正反対な点が三つも四つもあります。表⑴を見て下さい。



表(1)我が国の刃物と世界の刃物の違い


  日本 外国
1 刃の素材 硬軟二種類以上の鋼鉄を合わせて造る。 ただ一種類の鋼材だけで造る。
2 使い方 主に引切り(注) 主に押切り(注)
3 研直し 砥石を使う 砥石を使わない。包丁ならばヤスリ棒で研ぐ。
4 刃先の硬度と鋭さ 硬くて鋭利 日本に比べ柔らかく、鋭利でないものもある。


(注)のみ以外の多くの大工道具について

 なぜこのような違いが出てくるかを論じると、鉄鉱石の質と形状、それによる製鋼法の歴史に遡らねばならないので省略しますが、少なくも幕末までの日本の刃物は欧米のそれとは全く別のものだったと考えるべきでしょう。
表(1)の1
我が国では刃物全体の形状を軟鉄で造り、鋭利さを必要とされる刃先にだけ鋼鉄を張り付ける、または軟鉄に溝を付けて鋼鉄を挟み込む、この方法で必要な場所にだけ、例えば玉鋼のような高価で高炭素の素材を使うことが出来ました。これを砥石で研ぐと、柔らかい軟鉄が先に減って刃先角度は自然に鋭角になり、この時生じた鉄粉と、砥石の粉と水が一体になって理想的な研磨作用をしました。刀剣の話には深く踏み込みませんが、内部の軟鉄の芯を鋼鉄で包んだ構造なので、鋭利な刃付けなのに衝撃に強く,刃と刃を打ち合った時でもせいぜい曲がる程度でポキンと折れることがありません。よく銘刀の折れた話がありますが、それは大変珍しい事だったので伝えられたのだと思います。欧米の剣はムク(一体構造)なので、衝撃で折れることを考えれば、鋭利な刃が付くように硬く焼き入れることはできません。
表(1)の4
幕末攘夷の浪士が持つ日本刀を、外人が「サムライのカタナは剃刀のような鋭さを持つ、さわっただけで切られてしまう」と恐れたのは当然です。筆者は欧米では伝説的な宝剣として尊重されるダマスカスの剣(インド産のウーツ鋼を原料としシリヤのダマスカス地方周辺で造られた、刀身に流水のような刃紋を持ち、例えばドイツ・ゾリンゲンのような有名なヨーロッパの刃物産地製の剣の数十倍の価格で取引されたという)の実物をスイスの首都ベルン市の歴史博物館で、何振りもの実物を手に取って観察する機会を得ました。しかしその鋭利さは我が国の刃物で言えば、果物ナイフの刃程度のものでした。
 あまりのにぶさに「これは博物館に来た時のままの刃ですか」と見せて下さった教授に聞いたら「100年近い間誰も刃に触れたものはいません」と強く否定されてしまいました。
表(1)の⒉
使い方は、おもに鋸や鉋等の大工道具類についてですが、押し切の鋸は、身にある程度の厚みがなければ反ってしまって、うまく喰い込みません。引き切りなら押し切に比べ真っ直ぐ挽きさえすれば身が薄くても喰いこんで行くから、発生するおが屑の量は遥かに少なくて済む。ということはそれだけ力を掛けずに切れるということになります。
鉋も引く方が楽だと思いますが、これは欧米人に比して体力の少ない我々だからでしょうか。
表(1)の3.
スイスの博物館を訪ねる10年以上前にドイツの刃物の都とされるゾーリンゲンの庖丁メーカーを訪ね、彼らの作品と同型の日本製庖丁を手渡し、「この位の刃が付いていないと、日本でもう一度刃付けする(研ぎなおす)必要がある」と説明しました。刃付け職人は切れ味を見ようと、親指の腹で刃先をこすったから大変、たちまち出血してしまいました。血止めをした後で彼曰く「この刃付けは庖丁の刃ではない。剃刀の刃だ。我々は世界数十ヶ国に包丁を輸出しているが、刃付け(切れ味)について文句をつけて来たのは、日本だけだ(だからこれ以上の鋭利な刃付けは必要ないのだ)と怪我のせいもあって、ご機嫌斜めでした。尚このメーカーとは現在取引しておりませんので、ご安心下さい。
 しかしそれから10年位たって、フランクフルトの隣町オフェンバッハの皮革製品組合の専務理事だった、ドイツでの昔からの友人が、フランクフルター・アルゲマイネ紙の日曜版に日本庖丁の特集が載っているのを送って来てくれました。
 なれないドイツ語新聞をなんとか訳して、私の掴んだ大意を述べますと。
「ゾーリンゲンの庖丁は、肉の塊をまな板の上で力任せに叩き切り、引き裂くものだと我々は思っていた。しかし日本のスシ(刺身)庖丁は全く違った使い方をする。
 その刃は驚くほど鋭く研いであり、魚の身の上に載せて引けば、刃の重さだけで魚体に喰いこんで行く、切れた断面は滑らかで、切り口はきちんと直角になっている。これは食についての全く新しい美学を感じさせるものだ」とありました。
 ヨーロッパで在留邦人が一番多いのがドイツのデュッセルドルフだそうです。だから筆者も数十年前はじめて渡欧した時もデュッセルドルフのすし屋に行ったことがあります。その時の客筋は、日本人同士か、日本人を案内してきたドイツ人だけでした。しかし今ではドイツ人だけの客のほうが多くなったようです。ドイツだけではありません。ドイツの隣の国オーストリヤのウイーンで、初日に行った寿司屋は、看板もメニューもドイツ語だけ、親方?の顔つきもアジア系で日本の板前と同じようななりをしていたので、思わず「今晩は」と声を掛けたが、キョトンとして日本語が全く通じません。注文はカラー写真のアルバムを見て「ナンバー幾つを何個」と注文するのです。もっともこれは東京でも外人サン用に準備したのを見ていたので、なるほどとその方法で注文しました。翌日ホテルのすぐそばで、ショーウインドに墨痕鮮やかな軸が下がっている店を発見。横文字であふれかえっている街で漢字の軸を見たので、内容まで読まずに「これこそ日本人の経営する寿司屋」だと思い込んでしまいました。その夜、昼間見た店を訪れると、簡単服を着た女将さんが「今晩は、いらっしゃい」と、何処か変な訛りのある日本語で挨拶してくれました。日本国内での我々の常識では、寿司屋の女将ともなれば、キリッとした和服姿で出てくるものと思っていたので「女将さんはどちらのご出身ですか」と尋ねると「私台湾よ」と言う返事、なるほど台湾出身なら筆を使って漢字の軸物を書くのは我々よりお上手でしょう。この調子では、板前さんも台湾出身と思ったが、目の前で握らず、調理場からボーイさん(これも我々に直接話しかけて来ないので台湾出身らしい)が運んでくるシステムなので、握っているご本人の国籍は不明でした。
 「誰が握ろうと鮨は鮨だ」という観念で、ヨーロッパ中に日本料理とくに寿司屋が繁盛していることは間違いないでしょう。
 貝類以外魚類を生で食べた経験がない欧米人も、日本人のお供で寿司屋通いをする内に、黒マグロのトロのあじを覚えてしまい、絶滅危惧種として漁獲制限の対象にされてしまったのです。
 パリのオペラ座の近くに狩猟用具店つまり銃砲店があります。ここにも少量ながら和庖丁を直送していました。訪ねてみるとパリには日本料理店が幾つもあり、日本人や日本で修業した料理人もいるので、庖丁を研ぐための日本製砥石も並んでいました。
 我が国では刃物と砥石は切っても切れない縁があると思われていますが、これも世界的に言えば日本だけの考えでしょう。
「日本料理店が普及したお蔭で黒マグロが禁漁になったのかも」と日本に帰って友人に話したら「パリに和庖丁を輸出するやつが悪い」と怒られてしまいました。

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